#19「コミュニケーションとコトバの正体」—戸惑いのおもしろ風味をそえて—

コミュニケーションの最小単位とも言えるコトバについて、考えてみようかなって思います。

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— とその前に、この紙面について、以前から「もっと面白くしろ」って、空の方から注文を付けてくれる人がいるんですよ。ビジネスの参考にっていうコンセプトなのに、面白さってどうよ、みたいな感じですが。まあ、要望を言ってくれるってことは、読んでもらっている証拠ですから、こちらも何とか応えようとするワケですよ。でも、難しい。面白さのツボって意外と千差万別だから。興味深くて、面白いでしょって内容にしたつもりでも、あんまし良い反応がないし。

だから、迷走しています。今回もきっと、そんな迷走路線になるかと思います。

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突然ですが、デコポンって実に不思議な名前だと思いません?(コトバの話に戻します)

このあいだ頂いたんです、デコポン。
その場で3つ平らげました。甘くてさわやかで美味しい。

デコポンは「清美」と「ポンカン」の交配で品種名は「不知火(シラヌヒ)」。
さらに交配させたのが「甘平」、枝変わりさせたのが「大将季」。
品種はまだまだ増えています。深みに入って行くと複雑極まりない世界です。

「デコポン」は熊本県果実農業協同組合連合会の登録商標です。
確かに、てっぺんに「でべそ」のようなデコ部分があります。「ポン」はきっと、母姓(父姓かも)の「ポンカン」から頂いたのでしょう。
じゃあ「ポンカン」はといえば、インドの地名「プーナ(Poona)」に由来するらしい。「プーナ」の「柑」で「ポンカン」です。

つまり、「デコポン」のルーツをたどって行けば、インドの高原にたどり着くというわけです。

モノにはふさわしい名称があって、そこに落ち着くまでには、コトバ同士の戦いで自然淘汰されたはずです。「デコポン」は「不知火」のイメージとは全然違うし、やっぱり「デコ」の「ポン」が勝ち残るべく、そうなりました。皆様のご支援のお陰です。って、とりあえず、熊本果実連に成り代わってお礼を言っときましょう。

勝利の原因は、「分かりやすく」「言いやすく」「覚えやすい」というネーミングの3原則にはまっていたからでしょう。

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「コトバ」は時代、世代、分野、地域毎に絶えず、生まれたり、消えたり、編集されたりを繰り返しています。コミュニケーションの範囲を限定することだってあります。

例えば、専門用語。デザインという分野にも専門的なコトバがあります。

文字の大きさを示すのに昔は「歯」という単位を使っていました。イーッ(歯をみせてるとこね)。これは写植の時代の呼び方です。

当時は写真植字機を使用していました。印字位置を変える時に印画紙を移動させるのにラチェット(歯車)を回転させます。その送り巾が0.25ミリでした。

パソコンで文字が打てる時代になると、歯車は電子となって、当然のように「歯」というコトバは消滅し、ミリやポイントに入れ替わりました。

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「WEB」と言えば、今では誰もが解るコトバです。意味は「蜘蛛の巣」。インターネットの世界で、網をかけるように自社の情報を配置して、閲覧者が来るのを待ち構えるというビジネススタイルがそこから汲み取れます。

「ホームページ」って言っちゃうと、そんなダイナミックなスパイダーマン的なイメージが無くなってしまいます。
言外の微妙な意味を含めて、的確に伝えることができるコトバが専門用語。
これを会議とかで使用すれば、短いコトバで多くを伝えることができますから、議論の高いところまで近道をすることができます。企画会議では限られた時間の中で結果を出さないといけませんから、こうした「近道コトバ」が必要です。

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業界用語だって、不安定なのだ。(バカボンのパパのように言ってしまいましたが)

印刷業界では「ケント」「網点」「裏移り」「諧調」のように時が移っても、ぶれないコトバもあれば、最近ポッと出の「プルーフ」なんていう曖昧極まりないコトバもあります。

困ったことに、コイツは新参者のクセにあちらこちらで出没します。時に「校正紙」という意味だったり、「校正用の機械」という意味だったり。いや「色校正」だよ、なんて、貴様いくつ顔を持ってるのだ?いい加減にしろいっ。

曖昧なコトバは、せめて企業内で意味をしっかりと固定させて、共有化できる言語ブロックにしてから使用しなければいけませんね。

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若者はすぐにコトバを編集します。

「美味しい」「かっこいい」という意味で「ヤバイ」を使う人が、10代から20代までの間では、7割もいるそうです。
— このあいだ頂いたデコポン、オニヤバかったぜ。チョーヤバくて、ゲロヤバかったし。(って、こんな言い方の例に使って片山さんごめんなさい。本当に美味しかったのだから)

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松岡正剛さん(編集工学研究所所長)の著書によれば、平安貴族は「あわれ」(哀れ)というコトバで無常観や哀愁を表現していましたが、時代が変わると鎌倉武士達が「あっぱれ」(天晴れ)という褒めコトバに言い換えたそうです。コトやコトバに対する価値観が死生観の変遷とともに編集されます。

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「ヤバイ」は1980年代までは、若者たちの間でも「かっこ悪い」っていう意味でした。

突然、意味が反転して、錯綜したのが1990年代。
この時代、不動産は暴落して、金融が破綻。阪神大震災に襲われて、松本サリン事件が起きました。不景気と社会不安が日本中を覆います。
就職氷河期という閉塞感の中で、若者達の価値観の変化とともに「ヤバイ」の語感は変質します。

大人との間に深い溝ができて、コミュニケーションはかなりヤバイ状況になりました。
— 若者は無意識にコトバという橋を崩落させて分断し、外堀を作ったのかも、そう疑いたくなります。

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SNSといった一方的な情報発信に特化したツールが普及すると、若者たちはこぞって、そちらへ流されていきます。まるでレミング(ネズミの一種)が集団で海を渡るかのように。

今、LINEの利用者の中で、“読んだことが相手に通知される設定”を負担に感じている人が7割近くもいるそうです。泳ぎきれずに溺れそうな人がなんと多いことだろう。

人と人とがお互いに理解し合うために、正しく繋がるコミュニケーションが大事です。

でも、コミュニケーションは人の間に漂っている不確かで、かそけきコトバを使用しなければいけないというジレンマがあります。(「かそけき」も死語かな)

コトバの正体を理解すること。それがコミュニケーションの根幹だと思います。(なんかまじめに終わっちゃった、また空の方からご指導かも)

〈参考文献〉

「花鳥風月の科学」松岡 正剛(中公文庫)
「17歳のための世界と日本の見方―セイゴオ先生の人間文化講義」松岡
正剛 (春秋社)
Wikipedia「シラヌヒ」
モリサワホームページ「文字を組む方法」