#20「ヒューマンエラーは予防できる?」—あなただって失敗するモンー

また、失敗をした。

あなたは、がっくりと肩を落として消沈しますか?
キーッて、悔しがりますか?
これも成長の過程だからと、自分を励ましますか?

「人間は失敗をする生き物である」
当たり前過ぎて、誰もこんな格言は言ってはいませんが。
だれも否定できないですよね。子供でも大人でも、どんなに偉い人でも失敗したことのない人なんていませんよ。

— 私もついさっき、お茶を股間にこぼしてしまって。股間といっても、ズボンだけど、どうしよっかな。誰かに見られたらヤですよ。お茶なんだけど、場所が、場所だし。

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本田宗一郎さんは少しひねった表現で、名言を残しています。
「人間は失敗する権利を持っている。しかし失敗には反省という義務がついてくる」
失敗を権利だと言い切っているところが凄い。本田さんは失敗に正当性を認めたのですね。

因みに、本田さんは1千万円くらいでは失敗と認めなかったとか。

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— たしか、1千万円くらいで買ったズボンの様子を今、洗面所で見てきたんだけど、乾きそうにないなァ。最近はインターネットの何とか知恵袋みたいなので、いろいろと相談に乗ってもらえるそうだけど。こんなことアカの他人にアドバイスしてほしくないし。

ところで、最も安全対策が進んでいるのは航空産業です。
何百人という人の命を預かっているわけですから、安全管理も徹底しています。
NASA(アメリカ国立航空宇宙局)が中心となって、1970年代から1980年代にかけて事故調査をした結果、ヒューマンエラーを原因とする事故が60%近くあることが判りました。
対人関係、思い込み、勘違い、言い間違いなど人的要因が時に大きな事故を招きます。

1977年、大西洋のカナリー諸島の飛行場に着陸したKLMオランダ航空のボーイング747が滑走路内にいたパンアメリカン航空のボーイングと正面から衝突しました。死者数は航空機史上最大の583名となりました。

その時は濃霧で管制塔から滑走路を目視できませんでした。機長が機関士のアドバイスを無視するといった古い上下関係の因習が原因となった大惨事です。

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航空業界の安全管理対策は「CRM」(Crew Resource Management)という訓練方法を採っています。
当初は個人のスキルアップに注力していましたが、今ではチームワークが大切だというふうに改善方法が変わって、「コミュニケーションの向上」こそが最も重要な取り組みだと考えられています。
「CRM」の「C」は当初Cockpitでしたが、Crewに変えられました。
人はやっぱり協力し合わなければ、だめってことですよね。

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また、労働災害を考える時、「ハインリッヒの法則」がよく知られています。
大きな事故の裏側には29件の軽微な事故が発生していて、さらにその裏には300件の事故の一歩手前の事例(ヒヤリ・ハット)が発生しているという理論です。
「1:29:300」の理論。

ちょっとした油断が最悪の事故に向って、連鎖するということですね。

彼はこのヒヤリとしたり、ハットした情報を共有化すれば、事故の防止になると考えました。

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心理学者のジェームズ・リーズン博士は人間の作業行動で、エラーの発生比率を調べました。
昔のダイヤル式の電話では20回に1回エラーを起こします。繰り返しの単純な作業では100回に1回、整備が整った環境下でも1000回に1回はエラーを起こすそうです。

作業条件や作業環境にも大きく依存しますが、立場に寄っても変わってきます。初心者はストレスを受けやすくて、ベテランになれば、無意識に錯誤や不注意が増えます。特にベテランの省略エラーが要注意で、大きな事故に連鎖します。

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ストレス耐性は個人差がありますね。
— 私なんか、ちょっとくらいの失敗は、何でもないケド。
って、もう悔しいから、明日からお茶を飲まなくたっていいし、ズボンなんかはかなくたって……。いっそのこと、スコールで全身をビッショにして欲しい。

ンなことは、さておいて、時にヒューマンエラーは組織に大きな損失を生みます。

ジェームズ・リーズン博士は組織のあり方としての安全文化を勧めています。

・ 報告する文化……ミスの報告をしやすい組織にすること。リーダーシップのあり方が問われます。特にヒヤリハットを報告した時には、まずそのことを評価するべきなんでしょうね。上席者が引き締めることばかり気を取られると逆効果になります。
・ 正義の文化……ルールを無視した場合には、叱る、罰すること。安全規則の順守は必至ですからね。
・ 柔軟な文化……分権的組織を随時編成して対応する。原因の分析・報告・対策といった細やかな内容になると、現場でしか理解できないことが多くなります。中央集権的な構造だと、専門的な事象に触れない表層的で意味の無い報告書作成で時間を取られます。
・ 学習する文化……他の企業で起こったミスや安全対策などから改革を実行できる体制にする。「他人のフリ見て」ですね。

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失敗にも個性があります。タンスの角に足の小指をぶつける人。お茶をズボンに注ぐ人。
ジョージ・ワシントンは1798年10月5日にニューヨーク協会図書館で本を2冊借りて、未だに返却していないそうです。これも、ヒドイ。

先輩でも上司でも失敗をする。だったら、失敗する人が部下の失敗を叱れるでしょうか?そう考えた時に、本田宗一郎さんの「失敗は人間の権利だ」の言葉が感慨深いです。

失敗を叱ることなんかできません。一緒に対応策を考えるしかないです。
失敗を陰湿に叱ってばかりいては、報告をする企業風土は生まれません。
上司の感情の発露や余計な一言は、ストレスしか生まれません。
理性でルール違反を咎めて、改善方法を一緒に考える、これが組織内における対応方法なんでしょうね。

気持ちに余裕が無いと、何か起きると感情が溢れ出たり、余計な一言(時には二言)がこぼれ落ちます。

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いつも心に「ゆとり」を持っていられるような資質に自分を成長させることです。
ズボンと同じ、ゆとりが大事。(ちょっと、ラップ調)

ズボンは乾いていることも大事だけどね。

〈参考文献〉
「機長が語るヒューマン・エラーの真実 」杉江 弘(ソフトバンク新書)
「失敗のメカニズム 忘れ物から巨大事故まで」芳賀 繁(角川ソフィア文庫)
「医療安全に活かす医療人間工学」佐藤 幸光・佐藤 久美子(医療科学社)