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#15 デザインが見たオリンピック

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※本記事は、2013年当時に配信したメールマガジンを、ホームページ掲載用に一部表現を整えたものです。

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亀倉雄策さん(1915年-1997年)は、日本を代表するデザイナーです。
彼の代表作が、1964年東京オリンピックの「シンボルマーク」であり、「オフィシャルポスター」4種です。

シンボルマークはさまざまな形で利用されましたから、一度は目にされたことがある方も多いのではないでしょうか。
大きな赤い丸が紙面の左右ぎりぎりまで広がり、その下に金の五輪マーク、さらにその下に同じく金色の文字「TOKYO 1964」が配置されています。

亀倉雄策著「デザイン随想 離陸着陸」によれば、大きな赤い丸は太陽を表し、日の丸という意味を重ねた意匠だそうです。
赤い丸があまりにも大きいため、一部から国旗を侮辱しているとの抗議もあったといいます。

オフィシャルポスターの第1号は、シンボルマークを引き伸ばしたデザイン。
第2号は、陸上選手数名がスタートダッシュする瞬間を真横から撮影したもの。
第3号は、バタフライで泳ぐ選手。
第4号は、薄明に走る聖火ランナーでした。

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1964年という年は、高度経済成長期の真っただ中でした。
設備投資を中心とした第1期が終わり、輸出・財政主導型の第2期への転換期にあたり、一時的に景気が停滞した時期でもありました。

日本は第二次世界大戦後の焼け野原から復興し、朝鮮戦争特需の後、高度経済成長が始まりました。
エネルギーは石炭から石油へと転換し、財閥系の企業もこの頃に立ち直ってきました。

東海道新幹線は、1964年10月1日、東京オリンピックの開催に合わせて開業しました。
同じ年、東京モノレールも開業しました。
オリンピック開催に向け、東京国際空港のターミナルビルが増築され、滑走路も拡張されました。

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首都高速道路は、東京市道路局にいた近藤謙三郎氏が提案した高速道路のノンクロスロード案によるものでした。

彼は1950年代初めに、立体交差によって交通渋滞を避けようと構想していました。
オリンピックに間に合わせるため、用地買収を最小限に留め、既存道路や河川の上を利用したり、トンネルを通したりするという方法を採用し、大胆な挑戦を行いました。

そして実現されたのが、大都市の中心部をうねりながら走る、世界的にも独特な首都高速道路でした。

この想像を超える都市景観は、後にアンドレイ・タルコフスキー監督の大作映画「惑星ソラリス」の中で、近未来の風景として登場することになります。

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そんな時代の中で、亀倉雄策さんはオリンピックのポスター企画に悩んでいました。

当時、欧米では日本のデザインへの評価がまだ十分ではなく、日本に本格的なデザイン文化があるとは広く認識されていなかった面もありました。
国内でも、デザインは印刷所が引き受けるものだと一般には思われており、デザイナーという名称もまだ一般化されていませんでした。
当時は「図案屋」と呼ばれることもあった時代です。

欧米から期待されていたのは、日本のエキゾチシズムであり、それに迎合したのが「ジャポニカ」という流れでした。
亀倉雄策さんは、これに疑問を感じます。

「無難に合わせた古典芸術」か、「今の日本が目指す近代合理主義」か。

そして悩んだ結果、国際的にも通用する、力強いデザインに挑戦しようと考えます。

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開催都市用のシンボルマークを創ろうと言い出したのは、亀倉雄策さんでした。

この後のオリンピックでは、どの都市も東京にならってシンボルマークを制作します。
これら各都市のシンボルマークを一覧すると、東京のデザインは、際立ってシンプルで力強い印象を与えます。

亀倉雄策さんは、中学3年生の時から憧れていたデザイナー、アドルフ・ムーロン・カッサンドルの言葉に忠実であろうと努めます。

カッサンドルは、ポスターには見る人の注意を一瞬で引きつけ、電報のように短く、素早く目的を伝える力が必要だという趣旨の言葉を残しています。

つまり、ポスターに必要なのは、衝撃力と情報速度。

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東京オリンピックのポスターは、海外でも大きな反響を呼びました。

そして、第2号の陸上選手がスタートダッシュするポスターが、ワルシャワ国際ポスタービエンナーレで芸術特別賞を受賞しました。

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ポスターという概念がまだ曖昧な時代だからこそ、日本の旗指物のように、人々に希望を与え、さまざまなことに挑戦する活動力を生み出す使命を担うことができたのでしょう。

日本は再び高度経済成長期に入り、1968年には国民総生産が世界第2位の経済大国となりました。

さて、2020年の東京オリンピックは何を突き動かし、日本はどこに活路を見いだすのでしょうか。
大いに期待したいところです。

(参考:亀倉雄策著「デザイン随想 離陸着陸」、亀倉雄策著「亀倉雄策の直言飛行」、野地秩嘉著「TOKYOオリンピック物語」)